人類とAIの棲み分け

AIの進歩は人類から仕事を奪う、という論調が実しやかに流れていて、私もあまり深く考えないまま、たぶんそうだろうなと考えていた。しかしここ最近、ちょっと考えを改めつつある。

わかりやすいように絵や写真などのクリエイティブで考えてみることにする。

  • 初期の生成AI

    写真っぽい絵は描けたけど、人体構造が崩壊していたり、イラストとなると何を描いてるのかわからないレベルだったりと、正直ほぼ実用性はなかった。

  • 現在の生成AI

    まだAIっぽい気持ち悪さが抜けてなかったりはするけど、乱暴なプロンプトでも崩壊した絵や写真を描くことはなくなり、十分実用域に入ってきた。

  • 近未来の生成AI

    どんどん品質の底上げがされ、下手な絵は描かなくなると同時に、グラフでいう右上角の「絶対領域」が残るのではないかと予想される。簡単に言うと、リアルな写真は出力できるけど、アートな抽象画は描けないっていう感じ。

3つの図を見比べればわかるように、AIの対応領域である三角形が拡大しながら上昇していくイメージかな。将来的に絶対領域が残るのかどうかは微妙なところだけど、狭まっていくことは確実だろう。

結論

要するに結論としては、究極のハイクオリティアートか、低レベルなクリエイティブは人間のために残されるっていう感じかな。あまりよくない意味での棲み分けは可能、ということだろうと。

例えば分野を音楽にしたり、プレゼン資料にしたり、システム開発にしたりと分野を変えることで、横軸に入る項目も変わってくると思うが、大きな違いはないのではないだろうか。

もちろん、わざわざ低品質なクリエイティブを生成するためのAIが開発されれば、ほぼ全ての領域をAIがカバーしてしまうことになるけど、そんなAIを作る意味が今のところ考えつかない。未来はわからないけど。